前期訓練中の人間関係について
決して仲良しではなかったが、最後は涙。
訓練は中隊ごとに行われる。人数は教官除いて120人ぐらいだったと思う。それが1区隊と2区隊に分けられて、区隊の下に数人単位の班が10ぐらいあった。普段の生活はこの班ごとで行う。
狭い隊舎に大勢が詰め込まれるし、常に集団行動なので人と人の距離は非常に短い。故に良くも悪くも人間関係は濃かった。
入隊してくる奴も様々だった。オレの入隊したのは「2士コース」、今で言う「自衛官候補生」という一番下っ端の自衛官を養成するコースだ。
まず、7割ぐらいの奴が高卒新卒だった。このコースは基本的に高卒者を対象としているが、大卒も3割ぐらいいたと思う。また、社会人で仕事辞めて入隊したという奴もいた。
年齢は18歳から25歳ぐらいと幅があった。年齢は違ったけど、別に上下関係はなかった。オレは比較的年齢が高い方だったが、年下の奴ともタメで話していた。
(少し話はそれるが、オレの場合、一般部隊に配属されると年下の先輩が大勢いたが、もちろん先輩なので敬語で話した。)
入隊者で多いのが「やんちゃ系」の奴。まあ、確かに血の気の多い奴のほうが自衛官には向いているだろう。
あと、スポーツが得意な奴が多い。柔道2段とか、甲子園に行ったとか、インターハイに出場したとか、結構スゴイ奴も多かった。
しかし、そのどちらでもない、見た目も普通のおとなしめの奴もやんちゃ系と同じぐらいいたと思う。
少数だが、何でもそつなくこなす優等生タイプの奴もいた。できる奴は18歳でもできる奴なんだと感心した。
あと、箸にも棒にもかからないような「ヘタレ系」も結構な割合だった。自衛隊以外どこにも就職できなかったような奴だ(自分でそう言ってる奴が多かった)。
ヘタレ系が根性なかったのは当然だが、意外にヘタレだったのがやんちゃ系だ。入隊した時の自己紹介で元暴走族をアピってた奴が2人いたが、どちらも3ヶ月もたないで辞めた。粋がってたが、全然大したことなかった。あと、タバコ吸うから比較的体力がない。
強いのはスポーツ系だ。自衛隊では体力ある奴は一般社会以上に尊敬されるし、入隊後の過酷な体力練成も軽々こなしている奴もいて羨ましかった。
オレの班は7人だったが、2人がやんちゃ系、3人がヘタレ系、オレ含む2人が普通系という感じだった。全体的にはヘタレの班だった。生まれも育ちも個性もバラバラだったのでよく衝突した。一番とんがっていた奴なんかは、よく一番どんくさい奴に切れていた。班員の一人がヘマをすると連帯責任で全員が腕立てとかよくあったからだ。
決して仲良しではなかった俺たちだったが、共に厳しい訓練に耐え、同じ釜の飯を食べている内に通じあってくる部分もあった。衝突することもあったが、助け合うことも多かった。今思えば一人一人が懐かしい。
★毛布が臭くて皆から切れられてたT2士。中隊でもトップクラスのヘタレだったが班長、班員が必死にサポートして何とか3ヶ月を乗り切った。しかしその後すぐ辞めたらしい…。
★根性無くて周囲からヘタレと言われ続け、最後の方は自分でもヘタレと名乗ってたM2士。なお、T2士の毛布の臭いの一番の被害者。
★とにかくどんくさくて、周囲に迷惑をかけることも多かったが、彼のテンパっている様子は皆を和ませてくれた。でも実は心優しい奴、I2士
★ちょいワル系でひょうきんだったが、毎月の給料をお母さんに仕送りしていた親孝行のM2士
★いかにもヤンキー上がりで、とんがっていたけど、班長に凄まれてビビりまくったり、風呂で裸を見られるのを恥ずかしがっていた面白い男、W2士
★腕力があって歳も皆よりも上だったので、頼りにされていたY2士。妙にユーモアがあってよく笑わせてもらった。
★そして忘れちゃいけない班長のI3曹(教官)。見た目怖いし、切れたら班員全員が震え上がった。でも本当はすごく優しい人で、あえて厳しくしてたらしい。感謝。
(なお、自衛隊では名前を呼ぶときは、「さん」とか「君」とかは使わず階級を後ろにつける。2士というのは二等陸士の略称である。)
つらかった前期訓練の3ヶ月もあっという間に過ぎ去り、最後の夜。消灯後の居室ですすり泣く声が聞こえた。
それはひょうきんなM2士だったので、また冗談かと思ったが、本気で泣いていた。W2士などは冷ややかにツッコんでいたが、みんな心は同じだったと思う。訓練を耐えぬいた達成感もあるが、明日には当たり前のように一緒に過ごしていた皆とはなればなれになる。それにはグッと来る。
そのM2士が言うには高校の卒業式でも泣かなかったらしい。つまり高校の3年間より、自衛隊の3ヶ月の方が濃かったということだ。そうかもしれないとオレも思った。
そして、翌日。修了式のあと、それぞれが新しい任地に旅立ってゆく。見送るほうも、見送られるほうも、号泣する奴が多かった。つまりそういう3ヶ月だったのだ。
オレも感無量で仲間を見送った。オレ自身は同じ駐屯地の違う部隊に配属されたので旅立たなかった。
旅立った仲間とはその後、一度も会ってないし、今後も会うことはないだろう。でも、もし偶然どこかで出くわしたなら、普通に友達みたいな感じで話しかけると思う。あれから10年経ったが、今でもやはり仲間だと思っているからだ。